看板娘と裏方

その日、マリンデザート地域のパラダイスで、初心者向けのギルドの講習会が開かれることになっていた。 だが、説明を担当するエステルがギルドオフィスを出た後で、 アンドリューは、テーブルの上に封筒が残されているのに気付いた。

「これは……入会申込書?」

これがないと、その場でギルドに入会してもらうことができない。

「エドガー所長、私が届けてきます」

「ホホホ、エステルが忘れ物とは珍しい。よろしく頼むよ」

アンドリューがオフィスのドアを開けると、そこにはメガロポリスの街並み……ではなく、黒い壁がそびえていた。

「……またですか」

彼は、その黒い壁――テントの主に声をかけた。

「エイルさん、ドアの前にテントを出されては困ります」

中から、不機嫌そうなエイルが顔を出した。

「……あんた、誰よ」

アンドリューは、一瞬言葉を失った。 入会業務を担当するエステルは、いわば「看板娘」であり、熱烈なファンも多い。 それに比べて、ギルド内業務を担当するアンドリューは「裏方」であり、影が薄いのだ。

「……ギルドのアンドリューです」

彼はつとめて冷静にエイルを追い払った。

メガロポリスからパラダイスまでは、転送サービスを使えばすぐである。 だが、広場にさしかかった時、散策していたアンドレ男爵と目が合ってしまった。

「ミーと似た名前の貴方が、そんなプアーな格好をしているなんて、とても見過ごせまセーン!」

アンドレは強引に、アンドリューを「変身」させようとする。

「い、急いでいますので……」

「だから、貴方は影が薄いのデース!」

「放っておいてくださいぃっ!」

やっとの思いでパラダイスについた頃には、講習会は終了していた。 入会希望の冒険者達が集まっていたが、手続きができず、エステルは説明に追われていた。

「エステル、これ、忘れ物です!」

冒険者をかき分け、アンドリューは必死に申込書の入った封筒を差し出した。

「アンドリューさん! ……よかった」

エステルは、ほっと胸を撫で下ろした。

その日に集まった入会申込書は、結構な量になった。

「帰ったら、忙しくなりそうですね」

「はい! 頑張りましょうね!」

エステルが笑顔を向け、つられてアンドリューも笑顔になる。

ギルドの業務は、一人だけではこなすことはできない。 「看板娘」の笑顔を支えるのが「裏方」。 たとえ影が薄いと言われようとも、それは不可欠であり、立派な仕事である。 アンドリューは、その誇りを再確認したのだった。

END