看板娘と裏方
- カバ通で募集していた、シナリオコンテストに応募したものです。
- カバ通vol.174(2009.07.07)に掲載してもらいました。
- 書いた日:2009.06.23
その日、マリンデザート地域のパラダイスで、初心者向けのギルドの講習会が開かれることになっていた。 だが、説明を担当するエステルがギルドオフィスを出た後で、 アンドリューは、テーブルの上に封筒が残されているのに気付いた。
「これは……入会申込書?」
これがないと、その場でギルドに入会してもらうことができない。
「エドガー所長、私が届けてきます」
「ホホホ、エステルが忘れ物とは珍しい。よろしく頼むよ」
アンドリューがオフィスのドアを開けると、そこにはメガロポリスの街並み……ではなく、黒い壁がそびえていた。
「……またですか」
彼は、その黒い壁――テントの主に声をかけた。
「エイルさん、ドアの前にテントを出されては困ります」
中から、不機嫌そうなエイルが顔を出した。
「……あんた、誰よ」
アンドリューは、一瞬言葉を失った。 入会業務を担当するエステルは、いわば「看板娘」であり、熱烈なファンも多い。 それに比べて、ギルド内業務を担当するアンドリューは「裏方」であり、影が薄いのだ。
「……ギルドのアンドリューです」
彼はつとめて冷静にエイルを追い払った。
メガロポリスからパラダイスまでは、転送サービスを使えばすぐである。 だが、広場にさしかかった時、散策していたアンドレ男爵と目が合ってしまった。
「ミーと似た名前の貴方が、そんなプアーな格好をしているなんて、とても見過ごせまセーン!」
アンドレは強引に、アンドリューを「変身」させようとする。
「い、急いでいますので……」
「だから、貴方は影が薄いのデース!」
「放っておいてくださいぃっ!」
やっとの思いでパラダイスについた頃には、講習会は終了していた。 入会希望の冒険者達が集まっていたが、手続きができず、エステルは説明に追われていた。
「エステル、これ、忘れ物です!」
冒険者をかき分け、アンドリューは必死に申込書の入った封筒を差し出した。
「アンドリューさん! ……よかった」
エステルは、ほっと胸を撫で下ろした。
その日に集まった入会申込書は、結構な量になった。
「帰ったら、忙しくなりそうですね」
「はい! 頑張りましょうね!」
エステルが笑顔を向け、つられてアンドリューも笑顔になる。
ギルドの業務は、一人だけではこなすことはできない。 「看板娘」の笑顔を支えるのが「裏方」。 たとえ影が薄いと言われようとも、それは不可欠であり、立派な仕事である。 アンドリューは、その誇りを再確認したのだった。
END