俺にもひとくち
先日、行きつけのドーナツ屋に、春の新商品が登場した。 いち早くその情報を聞きつけた六本木が、早速食べてみたいというので、二人で買いに行った。
そこまではちょっとしたデート気分でよかったのだが、その後がよくなかった。
「なー。 食べてばっかりいないで、俺にも構ってよ」
六本木は俺の方も見もせずに、無言で首を横に振る。
甘いものを食べている時のこいつは、いつもこうだ。 自分の目の前にある食べ物だけにしか、注意が向かない。 おかげで俺は先ほどから、箱の中のドーナツがひとつ、またひとつと減っていくのを、ただ眺めているだけだ。
そんな様子が可愛くないかと問われれば、そんなことはない。 とびきり可愛い。
だが、構ってもらえないのは面白くない。
「……俺にも、ひとくち」
俺は身を乗り出して、六本木の額にキスをした。 腕の中で、驚いた六本木が身をすくめる。
これは、「ひとまず」のキス。
「それ全部食べ終わったら、次は俺が食べる番だからな」